社会

障害を持った僕が、留年してまで在籍中の学校を選択して、成長した話。

高校生1年生の時に、ギラン・バレー症候群を発症し、1年間入院して、留年した経験があります。

その時、2つの選択が目の前にありました。

①障害を持っている人が通う、支援学校に転入して生活する。                                 

②在籍している高校をも一度1年生からやり直す。

この2つの選択肢が僕にはあり、

②の在籍している高校をもう一度やり直すを選びました。

結果としては、この選択肢は正解だったと思います。

ぼくの気持ち

入院当時の僕の気持ちは、どっちでもよかったです。

むしろ、支援学校に気持ちが傾いていたかもしれません。

どんな所なんだろう?楽しいとこなのかな?という具合でした。

母親もどちらかと言うと支援学校へと思っていたように記憶してます。(多分)

そこまで気持ちが傾いていたのになぜ②の在籍中の方を決断したのには2つの理由がありました。

①当時の担任の先生の後押しがあったから。

②周りの人を見て、僕も同じように学校生活をおくりたいと強く思ったから。

①は担任の先生の後押しがとにかく強かったです。

女性のベテラン教師でしたが、色々学校に働きかけて、退院して僕が学校に戻って来ても生活できるように配慮していただきました。

最終的にはエレベーターまで設置されました。

②の周りの人を見て、同じように生活したいというこの思いがなければ、僕は今でも車椅子で生活をしていたかもしれません。

高校に通学を再開してから当面は車椅子で通う事を想定していたため。

僕のクラスだけ1階の教室に設置されていました。他のクラスメイトはなんでなんだろうと思っていたそうです。

で、始業式が終わりクラスで待機している所に僕がこそっと侵入。

一斉に振り向かれた記憶があります。

そこから車椅子での学生生活が始まるのですが、初めは馴染めず車椅子の印象?負い目?ハンデ?まぁなんつーかそんな感じの思いがあって基本1人でした。

そんな状態で学生生活を送っていると、ある日突然、

「車椅子、嫌だ。」

と思い、次の日から装具を付け松葉杖を両脇に抱えて登校し始めました。

初めの頃は恥ずかしいことばかりでした。

僕は大柄の体格で、それが両脇に杖挟んで、前傾姿勢で歩いている姿を鏡越しに見ては不気味だなと思っていました。

一番問題だったのが、バタバタとコケることです。まぁ数えきれないほどコケました。

コケる日がないくらいコケてました。

コケない日があると「あれ?どした?」と思えるほどコケました。

そうすると周りの人も変化します。

はじめは「おい!大丈夫か?」「怪我はないか」と声を掛けてくれましたが、段々と適当になり、「お!やってるね」「お!派手にコケたね」などへ変化してきました。

こんな言葉の変化も当時の僕にとってはありがたい反応でした。

と言うわけで、医師からは「当面は車椅子だよ。」と言う言葉に反して、2年生に進級する頃には完全に車椅子も松葉杖も必要ないまでになりました。

そんなことから②のようにあえて自分の同じ状況下に身を置かずに、自分が劣っている状況に身を置くと意外と、周囲の人に感化され成長させてくれました。

この経験から、今いる自分の状況を変えるには、

  • 目標とする人物、位置を意識して定める。
  • その目標とする人物、位置の環境に実際に入る。
  • そこに定着する。

これらが大事です。

実際に、周囲にそんな人物・環境がないときはSNSを使ってその環境下にダイブしましょう。

かく言う僕も、今このブログを勤務先の工場で書いています。

周囲に僕が目標とする人、環境がありません。なのでSNSにどっぷりです。

1年、2年後にはここから見る風景がどう変わっているか楽しみです。

行動しよう。

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